大判例

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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)215号 判決

東京都新宿区市谷加賀町1丁目1番1号

原告

大日本印刷株式会社

同代表者代表取締役

北島義俊

同訴訟代理人弁護士

赤尾直人

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

富田徹男

光田敦

中村友之

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第2709号事件について平成4年8月20日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年10月15日、名称を「透過型投影スクリーン」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたが、平成元年10月19日に拒絶査定を受けたので、平成2年3月1日に審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第2709号事件として審理し、平成3年9月12日に特許出願公告をしたが、特許異議の申立てがあり、平成4年8月20日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。

2  本願発明の要旨

投影側にフレネルレンズシート、観察側にレンチキュラーレンズシートを重ね合わせて配置してなり、前記レンチキュラーレンズシートはフレネルレンズシート側にレンチキュラーレンズを有すると共に、フレネルレンズシートとは反対の側に、前記レンチキュラーレンズの各々の非集光部に光吸収層を有し、前記光吸収層の中心は各レンチキュラーレンズの境界線に相当する裏面の位置から下記関係式で表されるdだけレンチキュラーレンズシートの中心線に向かってずれて設けられていることを特徴とする透過型投影スクリーン。

〈省略〉

(但し、dはずれ、tはレンチキュラーレンズシートの厚み、Rは中心がdだけずれた光吸収層が対応する境界線に対して中心線からみて外側に近接して位置するレンチキユラーレンズの中央部とレンチキュラーレンズシートの中心との距離、Fはフレネルレンズシートの観察側共役点の距離、nはレンチキュラーレンズシートの材料の屈折率である。)(別紙図面1の第4図ないし第9図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  特開昭48-80039号公報(以下「引例」という。)は、三管投影式カラーテレビジョンの透過式スクリーンに関するもので、その第6図には画像を投影レンズでスクリーンに投影し、その像光をスクリーンより離れたP点(本願でいうフレネルレンズの観察者側の共役点)に集束させるものが示されている。このスクリーンは、フレネルレンズ等の補正レンズ・レンチキュラーレンズ・吸収マスクから成っており、吸収マスクに設けられた透光部は、補正レンズでP点に集束するようにされた光がレンチキュラーレンズで集光したものの焦点位置に設けられていて、その位置は「スクリーン部の中心部に向って変位する」旨の記載がある。また吸収マスクはレンチキュラーレンズ板と一体でも別体でもよい。(引例につき別紙図面2参照)

(3)  本願発明と引例記載のものを比較すると、本願発明は〈1〉dの算出式を要件の一つとしているところ、引例にはその記載のないこと、及び〈2〉光吸収層の中心のずれを定義しているところ、引例では透光部のずれをを問題にしていること、の各点で引例と相違するが、その余は両者同一である。

(4)  そこで、これらの相違点につき検討すると、〈1〉の点は、dの算出式自体は第6図の配置から導かれるものであって、同式の前提となる光をP点に集束させ、かつ透光部を最適位置に設けるという点では両者同一であるから、ずれ量dを当該算出式で表現した点に困難性はない。次に〈2〉の点は、引例においてレンチキュラーレンズの中心から入射した光の集束点を吸収マスクの透光部としているのに対し、本願発明においてはそれにより算出した値をレンチキュラーレンズの境界と光吸収層中心のずれとして用いているが、これらずれ量を求めるのにはレンチキュラーレンズ透過光で求めた数を基準にする以外に算出方法がないことは論をまたないのであるから、その相違は、光遮蔽部となる光吸収層の位置で示すか、光透過部の位置で示すかの相違であって、格別の違いではない。

(5)  したがって、本願発明は、引例のものから、当該技術部門の通常の知識を有する者が容易に発明できたと認められ、特許法29条2項の規定により特許できない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、「その余は同一である」とした点は争い、その余は認める。同(4)のうち、相違点〈1〉に対する判断は争い、その余は認める。同(5)は争う。

審決は、引例の技術内容を誤認して、相違点〈1〉に対する判断を誤り、その結果、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)〈1〉  本願発明は、各レンチキュラーレンズにおける光の屈折率を考慮した上で、各光吸収層の中心のずれ量(光透過部の中心のずれ量)に関する一般的な基準を設定することを基本的技術思想とするものである。そして、レンチキュラーレンズの光吸収層の中心位置を一般的な数式により定量化したことにより、レンチキュラーレンズシートの製造工程が極めて効率化されると共に、投影光の損失の減少、良好なコントラスト比及び色調不良の防止等の作用効果を得ることができるものである。

〈2〉  しかるに引例(甲第3号証)には、上記のような技術思想は何ら示唆されていない。引例には、第6図の実施例について、「各拡散角2θ自体は第1図の場合と略同等なるもその中心軸が内方に傾斜することよりして視野領域(A)を狭くして全体の明るさを大ならしめることが出来る。」(甲第3号証第2頁右下欄16行ないし末行)と記載されていることからも明らかなように、第6図は、第1図の場合に比してレンチキュラーレンズに対する入射光の角度を変化させることによって、視野領域の変化を明らかにすることを目的とした図面であって、本来光透過部(7)の一般的基準による正確なずれ量を求めるための図面ではない。

ところで、引例の「主レンズ(2)より拡大発散された映像投射光(3)を点Pにおいて焦点を結ばせる」(同欄7行、8行)との記載によれば、引例の第6図に示されているP点は、光源に隣接する主レンズ(2)からの映像投射光(3)を集束させる位置であって、本願発明における観察者側共役点に他ならず、微小レンズの介在によって映像投射光(3)の集光点Pの位置がずれることについては何ら明らかにしていない。却って、「各光透過部(7)よりの透過光はその光透過部(7)の中心と焦点Pとを結ぶ線を基準として拡散され」(同欄14行ないし17行)との記載は、微小レンズの屈折率を考慮していない集光点Pを、光透過部(7)からの光が通過することを明らかにしており、これによれば、光透過部(7)は必然的に微小レンズの屈折率の影響を受けていない位置に存在せざるを得ないのであって、光透過部(7)を透過した光は、必然的に補正レンズ(4)による焦点(フレネルレンズによる観察者側共役点)であるP点を通過する光を中心として拡散することにならざるを得ない。即ち、第6図における非拡散光(微小レンズの中心位置に入射した光)は、必然的に観察者側共役点であるP点を通過しているのであり、各透過部の中心は、別紙参考図の図面3に示すように、微小レンズからの入射光と観察者側共役点Pとを直結した直線と、微小レンズの観察者側面との交点でなければならない。微小レンズの介在に基づく光の屈折を考慮した場合には、必然的に光の集束点が別紙参考図の図面2に示すように、フレネルレンズの集光点Pと相違するにもかかわらず、引例の第6図のように当該相違を無視していることは、微小レンズ内の光の屈折を無視して当該透過部を定めたことに他ならない。

もっとも、引例には、「各微小レンズ(5)の焦点はスクリーン部(8)の中心に向って変位する為にスクリーン部(8)の各微小レンズ(5)に対応した透過部(7)はその焦点に合致した位置に形成する。」(同欄11行ないし14行)と、各微小レンズ(5)の集光位置が微小レンズ全体の中心に向かって変位する旨記載されているが、上記変位について更に詳しい説明はなされておらず、上記のように透過光が観察者側共役点Pを透過すると記載されていることに照らすならば、第6図においては、微小レンズの介在による光の屈折は考慮されていないものというべきである。

そうすると、引例における各微小レンズの光の透過部の中心と微小レンズの中央部とのずれ量は、別紙参考図の図面3に示すように、

d’=t×tanθ=tR/F

である。(以下、この式を「式d’」といい、本願発明における前記算定式を「式d」という。)。

したがって、引例における光吸収層の中心位置のずれ量もまた、上記d’によって表現されることはいうまでもない。

このようなずれ量d’は、本願発明において、各レンチキュラーレンズの光の屈折現象を考慮した正確なずれ量dと明らかに異なっており、このようなずれ量d’では、本願発明のような投影光の損失の減少、良好なコントラスト比及び色調不良の防止等において十分な作用効果を得ることができない。

〈3〉  以上のとおり、引例には、本願発明のように、各レンチキュラーレンズ(微小レンズ)における光の屈折率を考慮した上で、各光吸収層の中心のずれ量(光透過部の中心のずれ量)に関する一般的な基準を設定するとの技術思想は全く見当たらない。しかも、引例における各微小レンズの光透過部の中心位置のずれ量は、必然的にd’(=tR/F)と算出される以上、引例をいかに参酌しても、本願発明のずれ量dを想到し、かつこれを算出することはできない。

したがって、相違点〈1〉に対する審決の判断は誤りである。

(2)〈1〉  被告は、一方では、引例の第6図において、集光点(観察者側共役点)Pが微小レンズによる光の影響が考慮されていない点は認めるも、微小レンズの影響によるP点の移動はその厚みの数分の1程度であるから、これを考慮する必要はないと主張し、他方では、光透過部(7)の正確なずれ量を計算する場合には、第6図においても微小レンズの屈折率を考慮するのは当然である旨主張する。

しかし、第6図が非拡散光について微小レンズの屈折率を考慮していない図面である以上、必然的に光透過部のずれにおいても、これを考慮していない図面たらざるを得ないはずであるし、引例には、本願発明のようにレンチキュラーレンズの屈折率を考慮したことによる各光吸収層の中心のずれ量に関する一般的な基準を設定するという基本的技術思想が存在しない以上、光透過部の正確なずれ量を計算すること自体が引例から想到し得ないものというべきであるから、被告の上記主張は理由がない。

第6図のP点に関する被告の主張は、結局、巨視的には微小レンズの屈折率を考慮していない図面であるが、微視的には、必然的に微小レンズの屈折率を考慮した図面であるという、一人二役を演じているという主張に帰するが、これは、本願発明を念頭において、引例の技術事項を本願発明の基本的技術思想と結び付けて事後解釈しているものにすぎない。

〈2〉  被告は、引例の第1図については第2図を基に微小レンズの両面で屈折率に基づいた光学計算が示されているが、第6図には第2図に対応する図面が存在しないから、第6図を理解するためには第2図相当の説明図面があることを想定する必要がある旨主張する。

しかし、第2図についての計算式は、光軸方向に進行して微小レンズに入射した透過光2θを求めるための計算式であって、当該計算式を参照したところで、当業者をして、本願発明のように効率的な拡散を実現するために、吸収層のずれ量に関する一般的基準を設定することを想起させることはあり得ない。成るほど、引例の第2図及びこれに関する計算式を含む説明部分には微小レンズの屈折率が考慮されている。しかし、第6図のように入射光が微小レンズの光軸に平行でない場合においても、微小レンズの表面中心の位置に入射する非拡散光の偏角(入射位置と通過光の角度のずれ)は、外側の拡散光に比し、その度合いは少ないものとなっている。このため、第6図は、その上下方向中央位置において第2図に相当する光の拡散を示す部分が存在し、これは微小レンズの屈折率が考慮された図面となっているにもかかわらず、非拡散光については微小レンズの屈折率に基づく影響について格別の配慮を行っていないのである。即ち、第6図には拡散光について微小レンズの屈折率を考慮した第2図に対応する図面が存在するのであって、これによれば、第6図が、非拡散光については該屈折率による影響を考慮していない図面であることを明瞭に裏付けているのであって、被告の上記主張は理由がない。

〈3〉  被告は、引例の第6図において、微小レンズと光吸収マスクの板を光が斜めに通っており、それに合わせて光透過部をずらせるという記載がある以上、マスク透過部のずれは計算され、その場合に微小レンズの屈折率が考慮されるのは当然であると主張している。

しかし、第6図の点線は、直線状であって、微小レンズを透過するにもかかわらず何ら屈折していない。この点もまた、第6図が非拡散光について屈折率に基づく影響を考慮していないことを裏付けているが、このような第6図に即して、微小レンズの屈折を考慮しつつ、光透過部の中心位置からのずれに関する一般的基準を設定することは、いかなる当業者といえども容易に想到し得る事項ではない。

〈4〉  被告は、引例の第6図において、微小レンズの拡散光が2θの広がりをもって示されていることから、第6図もまた微小レンズの屈折率を無視していない旨主張する。

無論、レンチキュラーレンズによる光の拡散は、レンチキュラーレンズが有している屈折率に由来しており、透過型投影スクリーンにおいて、レンチキュラーレンズが集光レンズと相まって使用されるのは、レンチキュラーレンズによる光の拡散によって適視角度を広くするためである。したがって、第6図において、拡散光が2θの広がりをもって図示されているのは、レンチキュラーレンズ(微小レンズ)の使用を意義づける従来技術を開示したものに他ならない。これに対し、本願発明は、レンチキュラーレンズの非拡散光においても、その屈折率によって光路が影響を受ける点に着目したことに基づく発明である以上、従来技術に立脚して2θの広がりを有する拡散光を図示したとしても、これによって何ら非拡散光における光路のずれを示したことにはならず、ましてやこれに着目した本願発明の前記技術思想を開示または示唆したことにはならないのである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断に原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)〈1〉  引例は、凸レンズ(フレネルレンズを含む)とレンチキュラーレンズ(微小レンズ)を組合わせる方式をいくつか述べていて、そのうち第1図においては、映像からの光を凸レンズで平行にし、拡散用の微小レンズを通すものについて記載し、その際の光の拡散の仕方を第2図で説明している。第6図には、凸レンズでP点に集光させるものが記載されているが、レンズが凸レンズ4、微小レンズ(9の右側)、外光吸収スクリーン部8からなっており、光学系の省略はない。そして、光透過部は微小レンズの焦点に合致する位置に形成する旨の記載がある。第6図は、光路について、第1図との対比で凸レンズにより光をP点に集光させる例をスケッチ的に描いているものであって、この場合、光学的に集光にほとんど影響のない素子(微小レンズ)については、その光路に対する影響を省略しているものである。第6図において微小レンズの影響を考慮した場合、それによるP点の移動はその厚みの数分の1(1ミリ程度か)であり、一方微小レンズからP点までの距離は一般的に1メートル以上であって、複数の人の頭の大きさ程度に光を拡散させるのであるから、P点としては、凸レンズの集光点、または凸レンズと微小レンズ板の合成レンズからなるものの集光点を考えれば充分であり、微小レンズによる影響を考慮する必要はない。

このようにスケッチで描く場合と、それを元にして設計をするときとでは対応が異なるのであって、本願発明のような光吸収層のずれ(光透過部のずれ)を計算するような場合には、レンチキュラーレンズの屈折率を考慮した正確な計算が必要になってくるのは当然である。

〈2〉  ところで、引例の第1図については、第2図を基に微小レンズの両面で屈折率に基づいた光学計算が示されているが、第6図については第2図に対応する図面がないから、第6図を理解するためには、第2図相当の説明図面があるということを想定する必要がある。その場合に、微小レンズの屈折率が計算されないということはできない。そして、第6図のものにおいて、光がP点に集まるのでマスクの光透過部をずらせることが明記されている以上、微小レンズの屈折率を考慮すれば、当然式dが導き出されることになる。その場合、式d’のように考える余地はない。

微小レンズのようなレンズ曲面がある場合に、その曲面の中央から入射した光が屈折を起こすことは当然であって、それに基づいて計算することも同様であり、また、第6図には、微小レンズと光吸収マスクの板を光が斜めに通っていて、それに合わせて光吸収マスクに光透過部が開けられている状態が点線で示されており、光透過部を点線に合わせてずらせるという記載がある以上、上記のようにマスク透過部のずれは計算されるものであり、その場合に微小レンズの屈折率が考慮されるのは当然である。

(2)〈1〉  原告は、引例には本願発明のような基本的技術思想がない旨主張するが、引例は公知例であるので、引例に本願発明のような技術思想があってもなくても、引例を読んだ者が本願発明の式dを容易に算出できるならば、本願発明は特許をうけることができない。

引例の第6図には個別の素子がすべて開示されており、同図の配置から式dを求めるのは、この分野の技術者にとっては当たり前のことである。

〈2〉  原告は、引例の第6図のものにおいて、微小レンズの中央を通る非拡散光は微小レンズの屈折率の影響を受けない集光点を持つと主張している。

引例の第6図においては、補正レンズ4を通過した光は同レンズの集光点であるP点に集光しているように示されているが、補正レンズ4の集束点(共役点)が微小レンズの挿入によって焦点移動を起こしているのであるから、光透過部とP点を結ぶ線を中心に拡散するといった場合に、それが微小レンズによるずれを無視していることにはならない。新たに移動した焦点がそのままPとして表示されているのである。また、微小レンズによって光が拡散する以上、P点に集光することは現実にはないので、P点については補正レンズ4との関係で説明すれば充分であり、微小レンズ通過後の光について論ずる必要はない。

したがって、同図では、集光点に関する限り補正レンズ4からみての光学系だけが描かれており、微小レンズの屈折率による影響は格別述べる必要がないし、また述べていないのである。

しかし、同図において、光は補正レンズ4で集光する方向に向けられた後、微小レンズの屈折率によって拡散するのであって、これは図では2θの広がりで示されており、微小レンズの作動において、同レンズの屈折率を無視していない。微少レンズを使用すること自体、その屈折率の影響を利用しているのである。

引例の「各透過部(7)よりの透過光はその光透過部(7)の中心と焦点Pとを結ぶ線を基準として拡散され」との記載部分は、当然のことながら微小レンズを透過した光のみを対象としており、透孔の位置がどのように決められたか、またP点について焦点移動の補正をしたか否かは書かれていない。しかし記載がないということは、それだけに留まり、設計思想がないということではないから、引例のものが、微小レンズの屈折率について補正していないということにはならない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願公告公報)によれば、次の事実が認められる。

本願発明は、画面の輝度のむらがない、特にカラーテレビジョンの投影用に適した色調不良の少ない透過型投影スクリーンに関するものである。

観察側とは反対の側から投影し拡大する透過型投影スクリーンとしては、投影光の利用効率が高く、かつ、明室内で使用したときに画像のコントラストの低下が少ないものが望ましいのであるが、従来の透過型投影スクリーンにおいては、光吸収層が各レンチキュラーレンズの境界の丁度裏側に設けられているので(別紙図面1の第1図ないし第3参照)、レンチキュラーレンズの周辺付近では、別紙図面1の第3図に示すように、入射光がレンズの光軸4に対し角度を持って入射するため、屈折して出射しようとする光の一部ないし全部が光吸収層に遮られるため画像の輝度が低下するものであり、また、多くのカラーテレビジョン投影装置のように、赤、緑、青のプロジェクターが水平方向に並んでいるような投影装置を用いると、同一のレンチキュラーレンズに入射する各色光の入射角度が異なるため光吸収層による光の遮られ方が異なり、正規の色調が得られない等の欠点を有していた。

本願発明は、周辺部での投影光の損失が極あて少なく、光吸収層が最大の面積で形成されているために良好なコントラストの画像が得られ、かつ、3管投影式のカラーテレビジョンに適用する場合に正規の色調が得られ、色ムラ等の色調不良のない透過型投影スクリーンを提供することを目的として、上記要旨のとおりの構成を採択したものであり、この構成によって、「フレネルレンズシートからレンチキュラーレンズの中央部に入射した光が式(へ)(式dと同じ)に従って光吸収層の間の光透過部の中心を通るように、光吸収層の位置が設定されているので、周辺部での投影光の損失が極めて少なく、光吸収層が最大の面積で形成され良好なコントラストの画像が得られ、かつ、3管投影式のカラーテレビジョンに適用する場合に何れのプロジェクターからの光もケラレて遮られることはないので、正規の色調が得られ色ムラ等の色調不良のない透過型投影スクリーンを構成することができる。」(甲第2号証第10欄33行ないし43行)という作用効果を奏するものである。

なお、甲第2号証には、光吸収層の形成位置の決定について、「各光吸収層の形成位置を決定するには、使用状態での各レンチキュラーレンズ毎の屈折を詳細に解析し、特にカラーテレビジョン投影装置においては各色光毎に光の出射範囲を調べる必要があり、なおかつ、解析の結果を光吸収層の形成に反映させることは非常に煩雑である。」(第3欄28行ないし33行)と記載され、また、本願発明の作用効果として、「本発明の透過型投影スクリーンの光吸収層を設けるべき位置はレンチキュラーレンズシートの厚み、材料の屈折率、フレネルレンズシートの観察側の焦点距離が決まればレンチキュラーレンズシートの中央線から各レンチキュラーレンズまでの距離の関数として定まるから設計や製造が容易であり、複雑な解析を行なう必要性がない。さらに、本発明の透過型投影スクリーンは、レンチキュラーレンズシートのレンチキュラーレンズのピッチに対して光吸収層のピッチを、光吸収層のずれdの分だけ小さくしたピッチとすればよいから製造がきわあて容易である。」(第10欄44行ないし第12欄2行)と記載されていることが認められる。

確かに、本願発明がその要旨の一部とする、ずれdについての関係式(式d)を用いて光吸収層の形成位置を決定するようにすれば、透過型投影スクリーンの設計、製造が容易になるということができるとしても、本願発明は、透過型投影スクリーンにおける光吸収層の形成位置の決定につき、式dを用いてずれdを算出する設計方法ないし製造方法を要旨とするものではなく、光吸収層の中心が各レンチキュラーレンズの境界線に相当する裏面の位置から式dで表されるdだけレンチキュラーレンズの中心に向かってずれて設けられている透過型投影スクリーンの構造を要旨とするものであるから、式dを用いて光吸収層の形成位置を決定することによる設計ないし製造の容易化は、本願発明の目的とするところではなく、同様に、本願発明の作用効果であるとも認め難いものといわざるを得ない。

したがって、上記設計ないし製造の容易化も本願発明の作用効果であるとする原告の主張は採用できない。

3  取消事由に対する判断

原告は、本願発明と引例記載のものとの相違点〈1〉に対する審決の判断の誤りを主張するので、以下この点について検討する。

(1)〈1〉  成立に争いのない甲第3号証によれば、引例記載の発明は、「例えばテレビジョン受像機の映像面に得られる映像、又はスライド映写機等その他の手段にて得られる映像を拡大像として写し出し之をテレビジョン受像機の如く透過式に前面において観察出来、且つ明るい場所に於て良好なコントラストをもって観察し得る様にした透過型映像観察装置に関する。」(同号証第1頁左下欄13行ないし19行)ものであって、その特許請求の範囲は、「映像と、該映像の投射光を拡大する主レンズと、該主レンズよりの投射光の光路を補正する補正レンズと、微少レンズ群と、各微少レンズの夫々の焦点又はその近傍位置に光透過部を有する外光吸収スクリーン部とを有し、上記主レンズ及び補正レンズを通過した投射光を上記微少レンズ群にて上記スクリーン部の夫々の光透過部に配分し透過せしめて成る透過型映像観察装置。」というものであることが認あられる(なお、引例が3管投影式カラーテレビジョンの透過型スクリーンに関するものであることは、当事者間に争いがない。)。

そして、同号証によれば、引例の発明の詳細な説明には、引例記載の発明の実施例として、まず、主レンズよりの拡大発散された投射光の光路を補正する補正レンズとして、投射光を平行光線に補正するレンズを用いる例(第1図、第2図。別紙図面の第1図、第2図参照)について説明されていること、引例の第2図は、第1図に示される微小レンズ(レンチキュラーレンズ)、光透過部を有する外光吸収スクリーン部に対応する線図であって、微小レンズを通過する光の拡散の仕方が図示、説明されていること、第1図のレンズ系については、「茲でスクリーン面よりの視野領域はスクリーン部(8)の光透過部(7)より外部に拡散される映像投射光の拡散角によって決まり、この拡散角2θは第2図より次式で与えられる。即ち、

〈省略〉

〈省略〉

h=r・sinα・・・・・・(3)

(1)、(2)、(3)式より

θ=sin-1[n・sin{α-sin-1(1/n・sinα)}]

・・・・(4)

但し、nは微少レンズの屈折率、αは微少レンズ(5)の曲率中心Oよりレンズ(5)の口縁を通る線とレンズ(5)の光軸(12)に平行な投射光(3’)とのなす角、rはレンズ(5)の曲率半径を示す。上記(4)式より明らかな如くレンズ(5)の曲率を各部同一としたとき、そのレンズ口径2hを変えて角αを変えることによりスクリーン部(8)の光透過部(7)よりの投射光の拡散角2θが変化し視野領域(A)を変えることが出来、スクリーンに指向性が存することとなる。」(第2頁右上欄8行ないし左下欄6行)と記載されていること、微小レンズ及び光透過部の作用に関して、「然も内部の映像投射光(3’)は全て微少レンズ群(6)にてスクリーン部(8)の各光透過部(7)に集中するので損失なく外部に放射される。」(同頁左下欄11行ないし14行)と記載されていることが認められる。

引例の上記記載、及び図面第1図、第2図によれば、引例の第1図のものについては、第2図の線図を基に、微小レンズの両面(入射面と出射面)で屈折率に基づいた光学計算がなされていて、光透過部は微小レンズにおける光の屈折を考慮した位置に形成されており、それによって投射光の効率的な透過が図られているものと認められる。

〈2〉  引例の第6図(別紙図面2の第6図参照)には、画像を投影レンズでスクリーンに投影し、その像光をスクリーンより離れたP点に集束させるものが示されていて、このスクリーンは、フレネルレンズ等の補正レンズ、レンチキュラーレンズ(微小レンズ)、吸収マスクから成っており、吸収マスクに設けられた透光部は、補正レンズでP点に集束するようにされた光がレンチキュラーレンズで集光したものの焦点位置に設けられていて、その位置は「スクリーン部の中心部に向って変位する」旨の記載があることは当事者間に争いがない。

ところで、引例には、「第6図は本発明の応用例を示す第1図と同様の原理図である。図中第1図と対応する部分には同一符号を付して重複説明を省略するも、之は補正レンズ(4)として第1図の平行光線に補正するレンズに代えて主レンズ(2)より拡大発散された映像投射光(3)を点Pにおいて焦点を結ばせる様に投射光の全体を平行線より更に内方に集束せしめる光路補正レンズを用いる。」(甲第3号証第2頁右下欄3行ないし10行)と記載されていることが認められる。

引例の上記記載、及び図面第1図、第6図によれば、主レンズよりの拡大発散された投射光の光路を補正する補正レンズとして、引例の第1図は、投射光を平行光線に補正するレンズを用いるものであるのに対し、第6図は、投射光を所定の位置(点P)に焦点を結ばせるように投射光の全体を平行線より更に内方に集束せしあるレンズを用いるというものであって、両者は、補正レンズとして特性の異なるレンズを用いている点で相違するだけであって、他にレンズ系として異なるところはなく、第6図は、第1図との対応で、投射光をP点に集光させる態様のものを説明しているものであると認められる。

そして、引例の「又かかる補正レンズ(4)に伴い各微少レンズ(5)の焦点はスクリーン部(8)の中心に向って変位する為にスクリーン部(8)の各微少レンズ(5)に対応した光透過部(7)はその焦点に合致する位置に形成する。」(同欄10行ないし14行)との記載(なお、吸収マスクに設けられた透光部は、補正レンズでP点に集束するようにされた光がレンチキュラーレンズで集光したものの焦点位置に設けられていて、その位置は「スクリーン部の中心部に向って変位する」旨の記載があることは、上記のとおり当事者間に争いがない。)からしても、第6図の実施例においても、微小レンズが、補正レンズと共に光透過部の位置を規定していることは明らかであり、したがって、光透過部の位置の形成につき第1図の実施例と第6図の実施例との間に特に違いはないものと認められる。

更に、微小レンズのようなレンズ曲面のあるものにおいては、その曲面の中央から入射した光が屈折することは、成立に争いのない乙第1、第2号証によっても明らかであり、微小レンズを使用すること自体、その屈折率の影響を利用しているものと認められる。

以上を総合すると、第6図の実施例も、第1図の実施例と同様に、光透過部が微小レンズにおける光の屈折を考慮した位置に形成されており、それによって投射光の効率的な透過が図られているものと認めるのが相当であり、このことは、当業者であれば、引例の上記各記載、並びに第1図、第2図及び第6図から容易に読み取ることができるものというべきである。

したがって、引例の第6図には、光透過部が微小レンズにおける光の屈折を考慮した位置に形成されることが開示されているものというべきであるから、これを前提として、光吸収層の中心のずれ(光透過部の中心のずれ)を表す式として、微小レンズにおける光の屈折を考慮した式dを導くこと自体は、幾何光学的考察のもとに当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認めるのが相当である。

ちなみに、原告は、微小レンズにおける光の屈折率を考慮しない場合についてであるが、微小レンズの光透過部の中心位置のずれ量は必然的にd’(=tR/F)と算出されるとしており、この点からいっても、微小レンズにおける光の屈折の有無が明らかになれば、これを前提として、光透過部の中心のずれを表す式を導くこと自体は適宜なし得ることというべきである。

(2)〈1〉  原告は、引例における「主レンズ(2)より拡大発散された映像投射光(3)を点Pにおいて焦点を結ばせる」(甲第3号証第2頁右下欄7行、8行)、「各光透過部(7)よりの透過光はその光透過部(7)の中心と焦点Pとを結ぶ線を基準として拡散され」(同欄14行ないし16行)との記載を根拠として、第6図は、光透過部の位置について、各微小レンズが有している屈折率の影響について何ら考慮していない旨主張する。

引例の「主レンズ(2)より拡大された映像投射光(3)を点Pにおいて焦点を結ばせる様に投射光の全体を平行線より更に内方に集束せしめる光路補正レンズを用いる。」(同欄7行ないし10行)との記載は、P点が集光点であることを示していて、補正レンズの集束点(共役点)が微小レンズの介在によりずれたものであることは明示していない。しかし、この記載は、第1図との対応で、第6図のものにおいては、投射光の焦点をP点に結ばせるために、第1図のものとは異なる補正レンズを用いることを述べたものにすぎず、そのことから当然にP点が補正レンズの集束点を意味するものであるとはいえず、微小レンズの挿入によって補正レンズの集束点が焦点移動を起こしていることは技術的に自明のことと認められることからしても、第6図に記載されている「P点」は、微小レンズの挿入に伴い新たに移動した焦点を意味するものと解するのが相当である。

したがって、第6図の「P点」は補正レンズによる集束点であることを前提とする原告の主張は、この点において失当であり、第6図の実施例において、光透過部は微小レンズにおける光の屈折を考慮した位置に形成されていると認められることは、上記(1)〈2〉において述べたとおりである。

〈2〉  原告は、引例には、本願発明のように、各レンチキュラーレンズ(微小レンズ)における光の屈折率を考慮した上で、各光吸収層の中心のずれ(光透過部の中心のずれ)に関する一般的な基準を設定するとの技術思想は全く見当たらない旨主張する。

確かに、引例には、各光吸収層の中心のずれ(光透過部の中心のずれ)を表す一般式は示されていないが、本願発明と引例の第6図の実施例とは、そのレンズ系に差異がなく、しかも、第6図の実施例においては、光透過部が微小レンズにおける光の屈折を考慮した位置に形成されており、それによって投射光の効率的な透過が図られていると認められる以上、これを前提として、光吸収層の中心のずれ(光透過部の中心のずれ)を表す式として、レンチキュラーレンズ(微小レンズ)における光の屈折を考慮した式dを導くこと自体は、幾何光学的考察のもとに、当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められることは前記のとおりであるから、引例に各光吸収層の中心のずれ(光透過部の中心のずれ)を表す一般的な基準を設定するとの技術思想がないことをもって、本願発明の進歩性を肯認することはできない。

(3)  以上のとおりであるから、相違点〈1〉に対する審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面 1

〈省略〉

別紙図面 2

〈省略〉

参考図

〈省略〉

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